雪印メグミルク「こんがり焼けるとろけるスライス」は何故こんがり焼けるのか?
「雪印こんがり焼けるとろけるスライス」の公開特許公報について紹介します。この商品は、短時間で焦げ目がついてこんがり焼けるスライスチーズです。
この商品がなぜ短時間でこんがり焼けるのでしょうか?
スライスチーズをパンに乗せてオーブントースターで焼くと、普通はパンがきつね色に焼けてもチーズは白いままです。では、どうすれば「短時間で焦げ目がつくチーズ」を造ることができるのでしょうか?
理屈はわりと単純です。焦げ易い素材を使えばいいのです。
焦げ易くしたい場合、食品の技術に関わる人なら真っ先に「メイラード反応」「カラメル化反応」を思いうかべることでしょう。そして「糖類かアミノ酸だな」と考えるはずです。原価を考慮すれば「糖類を真っ先に検討!」となるでしょう。あとは焦げ易くする対象がなんなのか次第で選択肢が絞られます。
「雪印こんがり焼けるとろけるスライス」の原材料表示は次の通りです。
ナチュラルチーズ、ホエイパウダー(乳製品)、食塩、乳化剤、安定剤(増粘多糖類)、調味料(アミノ酸等)
比較として、こんがり焼けない方の「とろけるスライス」の原材料表示は次の通りです。
ナチュラルチーズ、乳化剤、安定剤(増粘多糖類)、調味料(アミノ酸等)
前者にはホエイパウダーと食塩が使われている、という違いがあります。食塩はナチュラルチーズからの持ち込みもありますし、焦げにはほとんど影響しないので無視していいでしょう。よって、焦げ易くするためにホエイパウダーを使っている、ということがわかります。
ホエイパウダーとは、ホエイ(ホエー、乳清とも呼ぶ)を乾燥させた粉末です。ホエイはチーズや生クリームを作る過程で生じる透明の汁です。ホエイの主成分は乳糖なので、乳糖の焦げ易い性質を利用してチーズをこんがり焼けるようにしているわけです。
焦げ易い様々な素材の中からホエイを選んだ理由として、次の点が推測できます。
- ホエイは乳製品であり、チーズと風味の相性が良い。
- ホエイパウダーは比較的安価である。
- 雪印は自社でホエイパウダーを製造しており調達面で都合が良い。
特許は、乳糖やホエイパウダーという限定はせず「糖類」という広い範囲で申請されています。
この特許は申請、公開されているだけで未だ成立していませんので、どのような範囲で認められるかは不明です。
余談ですがホエイプロテインはホエイから乳糖や塩類を除去したものです。 ホエイプロテインの製造の余剰物として乳糖が製造されます。
技術的に面白いのは、糖類の添加方法です。
糖類はチーズに混ぜ込んでもいいし、表面に塗布してもよいと述べられています。
文献では、チーズ表面に直接塗布するのではなく、チーズを包むフィルムに糖類を塗布してからチーズを包装する方法が記載されています。おそらくこの方法で製造しているのでしょう。読んで真っ先に「なるほど」と感心してしまいました。
- 作業効率:フィルムに一塗りでチーズの両面に糖類を塗布できる。
- 衛生性:柔らかく水溶性成分を含むチーズに直接触れないので、塗布装置が汚れない。
といったように、フィルムに塗布する方法の利点が容易に想像できるからです。この考え方は応用範囲が広い気がしますので、覚えておきたいものです。
スライスチーズをパンに乗せて焼くと、普通はパンがきつね色でチーズは白いままです。これを「あたりまえ」と、あまりにも日常的な光景なので見過ごしてしまいがちです。「チーズもこんがり焼き色が付いたらいいのに」って考えたとしてもそれだけでは商品は造れません。商品開発の視点で他の案件と比較し「こんがり焼けるチーズを売ろう!」を選んでいるのです。そして見事にヒットさせました。すごいことです。
この商品のヒットを受けて、さっそく小岩井乳業が「こんがり焼けるチーズ」という商品を発売しました。
今後も乳業各社はチーズに様々な付加価値を付けることを狙うことでしょう。注目しです。
【公開番号】
特開2013-158278
【名称】
プロセスチーズ類及びその製造方法
【特許権者】
雪印メグミルク株式会社
【課題】
より簡便に製造することが可能な短時間の加熱処理で良好な焼き目を呈するプロセスチーズ類及びその製造方法の提供する
【請求項1】 糖類を0.1~5.0重量%含有し、加熱調理により少なくとも一部又は全部に焼き目を呈することを特徴とするプロセスチーズ類。
【請求項2】 表面に糖類を付着させることを特徴とする加熱調理により少なくとも一部又は全部に焼き目を呈することを特徴とするプロセスチーズ類。
【請求項3】 前記表面に糖類を付着させる方法が、チーズとの接触面に糖類を付着させた包装フィルムによってチーズを密着包装することである請求項2記載のプロセスチーズ類。
【請求項4】 前記加熱調理が、1000Wの電子レンジによる3分間の加熱であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のプロセスチーズ類。
【請求項5】 前記糖類が、ラクトース、スクロース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、アミノ糖又は糖誘導体から選択されるいずれか1以上である請求項1~3のいずれかに記載のプロセスチーズ類。
【請求項6】 原料ナチュラルチーズ類の熟度指標が10以上30以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のプロセスチーズ類。
【請求項7】 ホエータンパク質を0.2%以上含有することを特徴とする請求項1記載のプロセスチーズ類。
【請求項8】 前記プロセスチーズ類がスライス形状で有ることを特徴とする請求項1記載のプロセスチーズ類。
【請求項9】 前記加熱調理による焼き目が、チーズ表面の50%以上に生じることを特徴とする請求項1~2のいずれかに記載のプロセスチーズ類
【請求項10】 熟度指標30以下に調製した原料ナチュラルチーズに、溶融塩を0.1~3.0重量%添加し、乳糖含量を0.1~5.0重量%となるよう調製した後、加熱乳化し、冷却して得られることを特徴とする請求項1記載のプロセスチーズ類。
東洋ライス 研がなくていい、だけじゃない無洗米「金芽米」
前回まで3回にわたって無洗米の製造技術について紹介しました。今回は現在のところ最も進化した無洗米、東洋ライスの「金芽米」について紹介します。
従来の無洗米は、通常の精白米と違って研がなくてもよい「簡便さ」が利点でした。金芽米は「簡便さ」に加え「美味しさ」「栄養価の高さ」を訴求している点が新しいと言えます。
前回までの3回では、精白米を無洗米に加工する方法について解説しました。では、どのように玄米を精白米に加工しているかご存知でしょうか?これが金芽米を理解するポイントです。
玄米の糠層を削って精白米を製造する(専門用語では搗精(とうせい)とも言います)には、大別して2つの方法が使われます。(詳しくはWikipedia精米機を参照)
- 摩擦式:米粒同士を擦り合わせて糠を削る。
- 研削式:米粒を回転したロール状の砥石に接触させて糠を削る。
一般的な炊飯用のうるち米を大規模スケールで搗精する場合、摩擦式が採用されます。
摩擦式では、削り取られた糠が白米の表面に再度付着してしまいます。この表面に付着した糠を肌糠(はだぬか)といいます。肌糠は精白米の糠臭さの原因であり、この肌糠を取り除いた白米が無洗米です。肌糠は再付着によって生じているので、糠層を単に削るだけでは取り除くことができないのです。
ところで、糠とは何なのでしょうか?
籾を取り除いた玄米は、外側から順に果皮、種皮、糊粉層、亜糊粉層、澱粉層からなっています。また、先端部には胚芽があります。このうち、澱粉層以外を取り除いた米が精白米です。したがって糠とは、削り取られた果皮、種皮、糊粉層・亜糊粉層(と澱粉層の一部)と胚芽の粉末状物と言えます。
発明者は、従来では糠として取り除かれていた亜糊粉層に着目しました。亜糊粉層は、白米の美味しさを阻害する糠臭さがなく、しかも甘味成分(オリゴ糖)やビタミンなどの栄養素が含まれています。
しかし、従来の摩擦式精米法では亜糊粉層は糠として取り除かれてしまいます。それは、精米の効率を上げるため澱粉層の一部ごと外側の層を削り取っていたからです。そこで、発明者は糠層を少しずつ削れるように摩擦式精米装置を改良しました。そして、精米効率は落ちるようですが、亜糊粉層を残すことができるようになりました。
この少しずつ削れる摩擦式精米装置では、玄米に胚芽部分を残すことができます。しかも、胚芽のうち口当たりの悪い外側を削って柔らかい部分だけを残すことができます。
仕上げに「亜糊粉層+胚芽の柔らかい部分を残した米」の肌糠を取り除いて無洗米にします。無洗米にしないと、米を研ぐ際に亜糊粉層や胚芽が取れてしまう場合があるそうです。
上記技術により他社が真似できない商品「金芽米」が生み出されました。最近ではタニタ食堂とコラボして「タニタ食堂の金芽米」を販売するなど、技術だけでなくプロモーションにも注目したい商品です。
ところで、この文献では
オリンピック的に評価すると、亜糊粉細胞層5は『金層』であり、澱粉細胞層6の第1層6’が『銀層』であり、その第2層6’’が『銅層』ということになる。
といった独特の記述があります。『オリンピック的に評価すると~』とか全く無意味な記載です。しかし発明者のこだわりを感じます。特許文献は事務的な技術書類ですが、こういった人間味が滲み出てる記述に出会うとほっこりしますね。まあ、担当業務にがっつり関わる他社の特許で見つけるとイラッとしますけど。。
【特許番号】
P4708059
【名称】
旨み成分と栄養成分を保持した無洗米
【特許権者】
株式会社東洋精米機製作所(東洋ライス)
【課題】
白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米と、その製造方法及びその製造装置を提供する
【請求項】
外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、精米機による搗精により、表層部から糊粉細胞層(4)までを除去し、該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ、且つ搗精後の米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り、残された基底部である胚盤(9)』を残し、更に前記精米機による搗精後に、無洗米機(21)に供給し、該無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみを分離除去したことを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。
無洗米の製造方法をめぐる戦い3 サタケはタピオカで米をとぐ
前々回、前回にわたって、無洗米では後発である東洋精米(東洋ライス)の特許について紹介しました。今回はパイオニアであるサタケの技術について紹介します。
サタケは加水方式での無洗米製造技術を進化させ、NTWP方式という方法を確立しました。
加水方式による無洗米製造は、従来から人の手で行われていた「米を研ぐ」という作業を機械化するものです。着眼の発想に飛躍は感じられません。
ですが、米を研ぐ際に水が果たす機能を分解して考えたところに、NTWP方式の新しさや面白さがあります。
手で米を研ぐ際に水が果たす機能は「糠をとる」という単一のものだとみなしてしまいがちです。
しかし、糠がとれる過程を分解してみると次の通りになります。
- 米表面に付着した糠をやわらかくふやかす。
- 米同士の摩擦で糠を削り取る。
- 削り取られた糠が米に再び付着しないようにする。
このうち、水の役割は1と3です。3に水を使うので、とぎ汁=汚水が発生するのです。
3で水の代わりにタピオカを使用することとしたのがNTWP方式です。
少量の水を加えて表面の糠を柔らかくした米と、粒状のタピオカを混合して糠を削ります。タピオカがボールミルのボールの役割をするわけです。一般的なボールミルのボールは金属を使いますが、なぜタピオカを使ったのでしょうか?理由は次の通りと考えられます。
- 金属ボール同士の接触で金属が削れて、金属異物が米に混入する危険性がある。なので、混入しても無害なボールを使う必要がある。
- 混入して無害なもの=食品素材を使う必要がある。ただしボールは消耗品なので安価でなければならない。
- 削り取れた糠を取り除くために、糠が付着する性質をもったボールを使用する必要がある。
これらの条件を満たすものとして、タピオカを見出したわけです。
NTWP方式は消耗品として使用済みタピオカが発生します。その点で、ビジネスとしては東洋精米のBG方式の方が勝っているように感じます。東洋ライス(東洋精米)のホームページでは、無洗米の7割がBG方式だと述べられています。(当事者が発表している数字なので鵜呑みにしない方が良いかもしれませんが。)、数件のスーパーを回ってお米売り場を調べたところ、NTWP無洗米とBG無洗米が半々ぐらいで並んでいました。
また、無洗米のゆくえを考える上では一般の精白米のことも考える必要があります。近年、精米技術が向上しているので、昔の白米ほどしっかりと研ぐ必要がなくなっているそうです。ある割烹の板長は「研ぐという言うより、軽く1、2回すすぐ程度の方が美味しい」と言っていました。私自身もそう感じます。であれば、無洗米を使うメリットは小さくなってしまいます。
ともかく、お米大好き人間として、お米周辺の技術を今後も見守っていきたいと思う次第です。あと、Wikipediaの無洗米の記事は、各社の利害関係者がアレコレ書き込んだ感じが出ていて、ニヤニヤしながら読めます。オススメです。
【特許番号】
P4411645
【名称】
無洗米の製造方法及びその装置
【特許権者】
株式会社サタケ
【課題】
精時に米粒表面への糠の再付着を減少させるとともに、澱粉層を傷つけることなく、微細溝には残存する糠のない無洗米の製造方法及びその装置を提供する
【請求項】
柔軟弾性部材で被覆した一対のロールに玄米を複数回通過させて精白米に加工し、得られた精白米に水分を添加してその表面を軟化させるとともに、該精白米と60℃以上に加熱した粒状物とを混合し攪拌して精白米の研磨を行い、精白米表面に残存する糠を粒状物により剥離するとともに該粒状物に吸着除去した後、精白米と粒状物とを分離することを特徴とする無洗米の製造方法。
無洗米の製造方法をめぐる戦い2 東洋ライスは水を使わずに米をとぐ
前回、東洋精米(現・東洋ライス)*1の「洗い米特許」について紹介しました。この特許は、同業のサタケによる無効請求により無効化されました。
しかし、東洋精米は「洗い米特許」の加水方式を超え、一歩先の技術へ進んだのです。
まず、サタケの方法や東洋精米の「洗い米特許」は、ともに水を使って糠をとる加水方式です。しかし加水方式で無洗米を作るには次の問題点がつきまといます。
- 糠を除去するために排水が生じる。よって通常の精米工場にはない大規模な排水設備が必要となる。
- 水分が付着した箇所は菌やカビの温床になる。よって清掃の負担が増える。
- 米に含ませた水分を乾燥する必要がある。よって、乾燥のためのエネルギーが余分にかかる。
そこで東洋精米は水を使わないBG方式を開発することで上記の問題点を解決しました。その詳細な方法は東洋ライスのホームページに述べられています。
ざっくりと言えば、次の通りです。
- 米を輸送しながら金属筒の内側表面に打ちつけて、通常の精米では取り除けない肌糠を金属壁に付着させます。
- この肌糠は粘着性をもっているので、壁に付着した糠に衝突した米の肌糠がさらに付着します。
- そうして金属壁面状で次々に肌糠同士がくっついていきます。
- ある程度大きく成長した肌糠の塊ははがれ落ち、米と混ざります。
- 最後に米と肌糠の塊を選別して、肌糠のとれた精白米=無洗米を得ます。
もちろんこのBG方式の特許を取得して他社の模倣を防いでいます。
このBG無洗米製造機をひっさげて、東洋精米は無洗米製造機市場に参入しました。そして、この技術革新で無洗米を世の中に普及させたのです。
東洋精米は特許以外の方法でも無洗米を囲い込んでいます。東洋精米が中核となって無洗米協会を設立したのです。協会では認定マークを制定しました。
この認定マークの認定基準は、BG方式以外では取得がしにくいように作られています。
以下に認定基準を抜粋します。
無洗米の処理工程で、米(米の一部も含む)・空気・水以外は添加されていないこと
無洗米の処理工程では、汚水、汚泥が出ないこと
わかりやすく言い換えると
製造工程でタピオカを添加するサタケのNTWP方式(次回紹介します)は認定しないよ。
排水が生じるSJR方式を使う場合は、排水処理設備に多額のコストをかけなきゃ認定しないよ。
という意味になります。
そして、無洗米協会の名義で「認定マークのない無洗米は品質に問題があるよ」というPRやCMを行いました。鬼ですね。ちょーカッコイイ。
以上のように、東洋精米は技術もスゴイですが、それを技術で優位に立つための仕組み作りもスゴイです。かくして、BG方式は無洗米製造方法の主流を勝ち取ったのです。
次回は、もう1つの主流、加水方式にこだわったサタケのNTWP方式について紹介します。
【特許番号】
P4485756
【名称】
無洗米の製造方法及びその装置
【特許権者】
株式会社東洋精米機製作所
【課題】
排水処理を必要とせず、「水洗式」と同等の除糠度で、且つ、安定した高品質の無洗米を製造できる無洗米の製造方法及びその装置を提供する
【請求項】
攪拌装置を構成する筒体内に装填された攪拌ロールの外周に、高突条及び低突条を軸方向に交互に配列し、該低突条は回転作用により、精白米を筒体の内周面が構成する硬質物に打ち付けて、該精白米の肌面の微細な陥没部に入り込んで付着している肌糠を、該肌糠の粘性により前記硬質物の内周面に付着させて抜き出し、更に、該低突条の周方向反対側において、筒体の内周面に近接して回転する高突条の回転作用によって、精白米群を筒体の内周面の硬質物に擦り付けながら回転させて、該硬質物に付着した肌糠を削り落とし、再び精白米に混在させ、前記作用を繰り返して、精白米の肌糠の除糠を行うことを特徴とする無洗米の製造方法。
無洗米の製造方法をめぐる戦い1 東洋精米「洗い米特許」
無洗米に関する特許を3回にわたって紹介します。無洗米の製造装置を販売する競合2社:東洋精米とサタケの争いを追っていきます。
無洗米はご存知の通り、研がずに炊けるお米です。精白米の表面に残った糠をあらかじめ除去しているので、水洗いなしで研いだのと同等のご飯を炊くことができます。無洗米の発想自体は少なくとも戦前からあったそうで起源は不明です。ですが、技術が未熟でぬかを除去しきれなかったことなどから無洗米は普及しませんでした。
1970年代にサタケは無洗米の製造装置開発に他社に先駆けて挑みました。通常の精米では、白米表面に付着した糠の層(肌糠)を除去できません。そのため炊飯前に水洗いして取り除いています。サタケは水を加えて洗う工程をあらかじめ精米時に施すことで、品質の良い無洗米を作ることを検討しました。そして、少量の水で肌糠を柔らかくふやかして、ふやかした糠を水で除去する方法(SJR方式)、タピオカ澱粉で除去する方法(NTWP方式:第3回で解説します)を確立しました。
そんな中、精米機業界の競合メーカー東洋精米も1980年代に無洗米製造装置の開発に乗り出します。そして、サタケが取り組んできた水を使って糠を取り除く方法に関する特許を出願しました。その1つが今回紹介する通称「洗い米特許」です。
特許の及ぶ範囲を示す請求項は次の通りです。
洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる、米肌に亀裂がなく、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された、平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。
この特許を含む複数の特許が成立し、加水式のする無洗米の製造方法を広くカバーする強力な特許となりました。東洋精米の特許戦略の見事さに感心します。
東洋精米の「洗い米特許」に対し、サタケは黙っていませんでした。特許の無効を申し立てる訴訟を起こしたのです。この争いは7年にもわたりました。そして、ついにサタケ側が勝利し「洗い米特許」を含む3件の特許が無効となりました。この件に関してはサタケの当時のニュースリリースが公開されています。ニュースリリースに「!」を使うほどの喜びようです。いかに洗い米特許がサタケの事業の妨げになっていたかがわかります。
◆
特許制度は、発明者が利益を得られるようにする制度です。利益こそが発明をしたいと思う動機となり、技術の発展を促します。ですので、多くの利益が得られるように文書を作って特許出願するのは当然です。一方で、特許庁の審査官は、発明の新規性・進歩性を審査して、適切な権利範囲を判断します。出願する側、審査する側ともに人間ですので、どうしても主観が入り込みます。そのため「洗い米特許」のように一度成立して後から無効になる、ということが起こりえます。
むしろ裁判で争えば無効になる可能性があるが手間やコストを考慮して争わないでおく場合の方が多い、というのが現場の実感です。これは特許制度の宿命と言えます。
◆
ところで、「洗い米特許」で敗れた東洋精米はどうしたのでしょうか?次の一手はこれまた見事です。これは次回紹介します。
【特許番号】
P2615314
【名称】
洗い米及びその包装方法
【特許権者】
株式会社 東洋精米機製作所
【課題】
水洗、除水後も米粒に亀裂が入らず、しかも、炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得る
【請求項】
洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる、米肌に亀裂がなく、米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された、平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。
ハウス食品 イグノーベル賞をとった玉ねぎ研究の特許について
2013年のイグノーベル賞が発表されました。日本人の受賞は7年連続だそうです。ユニークな研究が多く、とても面白いです。
受賞した研究全体は2013年イグ・ノーベル賞の研究をひと通り見てみました。-蝉コロンがわかりやすいです。
そのうち食品に関係する研究「タマネギの催涙因子生成酵素の発見」の特許について紹介します。。授賞対象となった論文は“An onion enzyme that makes the eyes water”Nature, Vol. 419, No.6908, pp.685, 17 October 2002のようです。
研究内容の詳細は【詳説】2013年イグノーベル化学賞!「涙のでないタマネギ開発」 - 化学者のつぶやき -Chem-Station-がわかりやすいです。
ところで「基礎研究をいかにビジネスに結びつけるか」というのは食品業界に限らずR&D部門共通の課題ではないでしょうか?
ハウス食品では玉ねぎについて基礎研究に取り組んで、今回の「タマネギの催涙因子生成酵素の発見」につながったようです。この成果は論文だけでなく、特許化されています。関連特許が数件出願されていますが、最初のは1997年、Natureに発表される5年前に特許出願されています。
特許は催涙因子生成酵素を単離して性状を明らかにすることで、この酵素そのものについて取得されています。単離手法は、すりつぶした玉ねぎからカラムクロマトグラフィーで分離し、酵素基質でアッセイするという一般的な方法です。この特許が出願された1997年の時点では酵素を単利しただけで配列は特定していないようです。
さて、この特許文献には応用例が記載されています。それは次の3つです。
- 玉葱パウダー:酵素反応を調整して基質成分や反応生成物の濃度を変えることで、今までにない風味の玉ねぎパウダーを作ることができる。
- 玉葱フレーバー:上記と同様に酵素反応を調整してフレーバーを作る。
- 目薬:酵素反応によって得られた催涙成分を使用し、涙欠乏症(ドライアイ)等の治療用の目薬を作る。
また、イグノーベル賞関係の報道によると、酵素の働きを止めることで「切っても涙が出ないタマネギ」を作ることに成功しているとのことです。
一定の成果は得られていますが、ビジネス面ではこれから、と言ったところでしょう。今回のイグノーベル賞受賞がPRになって、ビジネスにつながっていくかもしれません。
紹介した特許の出願は1997年となっています。発見から15年以上経過しているわけです。基礎研究をビジネスに結びつけることの難しさが想像できます。
【特許番号】
P3330305
【名称】
玉葱の催涙性物質生成酵素
【特許権者】
ハウス食品株式会社
【課題】
玉葱等に存在する催涙性物質LFの前駆物質に作用して当該催涙性物質LFを生成する新規催涙性物質生成酵素及びその製造方法を提供する
【請求項】
玉葱等に存在する含硫化合物のPeCSOから酵素アリイナーゼの共存下で催涙性物質Lachrymatory Factor を生成する作用を有する催涙性物質生成酵素であって、以下の理化学的性質を有する催涙性物質生成酵素。
(1)作用;酵素アリイナーゼの共存下で、玉葱等に存在するPeCSOから生成した催涙性物質生成酵素の基質に作用して催涙性物質のチオプロパナール-S-オキシドを生成する、
(2)至適pH;pH5.0~6.0、
(3)分子量;約18000(SDS-PAGE電気泳動法)
日清製粉「コツのいらない天ぷら粉」 湿熱処理小麦粉で天ぷらをサクサクに揚げる
日清製粉の「コツのいらない天ぷら粉」についての特許です。小麦粉に湿熱処理をしてグルテンを変性させているので、テキトーに作ってもサクサクした天ぷらを揚げることができます。
前回、家庭用の揚げもの用ミックス粉市場の最先端というべき「レンジでチンする唐揚げ粉」の特許を紹介しました。今回は同市場を切り拓いたパイオニア「コツのいらない天ぷら粉」の特許について紹介します。
そもそも家庭で揚げる天ぷらは、家庭に常備している小麦粉や卵、水などをちゃちゃっと混ぜて作るおてがるメニューでした。ところが、時がたつにつれおてがるメニューではなくなります。理由は、大きく次の2つと考えられます。
- 外食の機会やTVなどのメディアの影響により、専門店と家庭の天ぷらに差があることが認知された。これにより、家庭でもプロが作ったようなカラッとサクッとした天ぷらを作りたい、食べたい、というニーズが高まった。
- 外食や総菜・冷凍食品の普及、女性の社会進出等で家庭での調理機会が減った。これにより、家庭の調理スキルが低下し、以前よりも家庭で作られる天ぷらのレベルが下がった。
この2つの要因により、家庭の天ぷらの理想と現実の差が大きくなっていました。
日清製粉はそこに目を付けて、誰でも簡単に美味しい天ぷらを揚げることができる商品を投入したのでしょう。
ところで、家庭で小麦粉を使って、天ぷらがカラッと揚げることができないのはなぜでしょうか?
発明者は、天ぷらのサクッとした食感を損なう主な原因として、小麦粉のグルテン形成に着目しました。
グルテンは小麦粉に含まれるタンパク質で、小麦粉に水を加えて練るとグルテン同士が結び付いて粘りを生じます。パンでは噛みごたえやモチモチ感に寄与しています。以前に紹介した「超熟」の製法で、長時間寝かせているのはグルテン形成を進める為です。
ところが、天ぷらの場合にはグルテンの粘りがサクサク感を損ねてしまいます。そのため、天ぷらにはグルテンの少ない薄力粉を使う、水を加えた生地をあまり混ぜず氷水で冷やす、などグルテンが形成しないようにする"コツ"が必要でした。
そこで発明者は、小麦粉を湿熱処理することであらかじめグルテンを変性させました。この湿熱処理小麦粉は、水を加えて練ってもあまりグルテンを形成しません。だから生地を混ぜすぎても、氷水で冷やさなくても、コツなく天ぷらを作ることができます。
実際の商品では、この小麦粉に、糖類・大豆たんぱく・乾燥卵白・澱粉・加工澱粉などを加えることで、さらにサクサクの食感に仕上がるように工夫しているようです。
コツのいらない天ぷら粉のヒットにより、揚げ物用ミックス粉のニーズが広く顕在化し、市場が切り拓かれました。技術的な観点では、湿熱処理小麦粉の有用性を知らしめ、様々な用途の物理処理した穀粉・澱粉類の発展に寄与したと言えます。
食品開発者、技術者として、このような製品を開発したいと思う次第です。
【特許番号】
P3153424
【名称】
揚げ物用熱処理小麦粉及びその製造法
【特許権者】
日清製粉株式会社
【課題】
より歯もろく、サクサクした食感の揚げ衣を得る
【請求項】
1)含有澱粉が実質的にα化されておらず、しかもグルテン・バイタリティが未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに90~98で、かつグルテン膨潤度が未処理小麦粉のグルテン膨潤度を100としたときに105~155となるように熱処理してなる、揚げ物用熱処理小麦粉。
2)飽和水蒸気が導入された加圧状態の密閉系高速攪拌機中に小麦粉を導入し、周速度5~20m/秒、滞留時間2~20秒間の条件で湿熱処理して該小麦粉の品温が65~80℃になるようにしたことを特徴とする揚げ物用熱処理小麦粉の製造法。