日本水産 冷凍すり身を水晒しなしで造る
スケトウダラ、ミナミダラ、ホキを水晒せずに冷凍すり身にしても品質劣化を抑制できる方法に関する特許です。
すり身を製造する工程に「水晒し」工程というものがあります。すりつぶした魚肉を水にさらして、水溶性の物質や脂質を洗い流すためです。この工程で筋繊維タンパク質の純度が高まります。その後、脱水して"すり身"となります。出来上がったすり身に塩を加えて練ると、糊のような粘りが出ます。これがすり身の弾力のもとです。これは、筋繊維のタンパク質であるアクトミオシンの性質によります。アクトミオシンは通常は水に不溶ですが、塩濃度が高まると水に溶けるようになります。すり身に塩を加えると、アクトミオシンが溶けだします。溶けだしたアクトミオシンは水素結合によって他のアクトミオシンと架橋構造を形成します。これが、すり身の粘りを生み、加熱してタンパク質が変性した後では流動性を失ってプリッとした弾力を生みます。
すり身に最も使用されているのはタラ類です。理由は大量に漁獲できて安価で、すり身特有のプリッとした弾力が他の魚種よりも強いためです。タラ類のすり身に強い弾力があるのは、他の魚種よりもトランスグルタミナーゼという酵素の活性が高いためです。トランスグルタミナーゼが筋繊維のタンパク質を結合させることで、アクトミオシンの架橋構造が強化されます。これによって、プリッとした食感が強くなります。
タラ類はトランスグルタミナーゼ活性が高いという長所がありますが、他に短所もあります。それはトリメチルアミンオキサイド(TMAO)という水溶性分子を多く含むという点です。TMAOは浸透圧調整に寄与する物質で、魚に限らず水産物に広く含まれています。TMAOは分解するとジメチルアミン(DMA)やホルムアルデヒド(FA)を生じます。DMAは魚の生臭さの原因物質であり好ましくありません。FAはたんぱく質を変性させる作用があり、すり身が架橋構造をつくるのを妨げ、食感を悪くしてしまいます。
TMAOなど水溶性成分は水晒し工程で取り除くことができます。しかし、水晒しによってアミノ酸などの美味しいエキス成分も取り除かれてしまいます。また、エキス成分を含んだ水を廃棄すると環境にも負荷がかかります。
発明者はTMAOの分解を抑制してDMAやFAの発生を防ぐことで水晒しを不要にする方法を見出しました。TMAOの分解は、二価鉄が触媒していることが知られています。魚肉を酸素を含む気体下で撹拌してすり身を作ることで、ヘモグロビンやミオグロビンに含まれる二価鉄が酸化されて三価鉄にすることができました。三価鉄はTMAOの分解を触媒しません。これにより、水晒し工程なしでタラ類の冷凍すり身を造ることが可能になりました。水晒し工程がないので、製造コストの低減もできるものと推測します。
一般的には酸素は品質劣化につながるので、食品に触れないようにするのが普通です。逆に「酸素を劣化抑制に使う」という発想が面白いです。科学的な知見がなければできない発想であり、ニッスイでは研究部門がしっかりしていることがうかがい知れます。
【特許番号】
P4404345
【名称】
無晒しまたは低晒し魚肉の冷凍変性防止方法およびその方法を用いて製造された無晒しまたは低晒し魚肉冷凍品
【特許権者】
日本水産株式会社
【課題】
魚肉タンパク質を最大限に有効利用し、かつ製造エネルギーの省力化を進め、本来魚肉が有する風味を十分に活用するために、冷凍保管性の高い無晒し魚肉を提供する
【請求項】
肉中にトリメチルアミン-N-オキシドを含有し、冷凍保存中に分解されホルムアルデヒドを生成する魚肉の水晒しをしない冷凍変性防止方法であって、魚肉をミンチ状に加工し、82%以下に脱水し、冷凍変性防止剤として魚肉に対して5~15%の糖又は糖アルコールを添加し、かつ、魚肉をサイレントカッターを用いて5~30分間撹拌し空気又は酸素に接触させて酸化させることによりトリメチルアミン-N-オキシドの分解を抑制させることを特徴とする、無晒しまたは低晒し魚肉の冷凍変性防止方法。ただし、アルカリ剤溶液の添加はしない。