食品特許を読みあさろう

食品関連の特許をアレコレ読んで紹介します

味の素 訴訟になったアスパルテーム

味の素のパルスイートなどに使用されている人工甘味料アスパルテームに関する特許についてです。発明は誰のものか?を考えるうえで興味深い特許です。

2014年のノーベル物理学賞青色LEDに関して天野氏、赤崎氏、中村氏の3名が受賞しました。中村氏に関しては、2001年に発明当時勤めていた日亜化学に対し発明の対価を求めて訴訟を起こした件があらためて話題になりました。

このいわゆる青色LED訴訟は食品メーカーにも影響を与えました。
2002年に味の素の元従業員である成瀬昌芳氏がアスパルテームの製造方法に関する特許について、味の素に発明の対価20億円を求めて訴訟を起こしたのです。裁判の結果、2004年に東京地裁は成瀬氏の発明に対して1億8935万円の支払いを命じる判決を出しました。その後、味の素が控訴し、高裁の和解勧告を受けて味と素が1億5千万円の支払うことで和解しました。
この和解金額1億5千万円が高いか安いかはここでは論じません。ただ私自身は食品メーカーで発明をする立場でして、「1億円!」という金額に夢があるなぁと思います。

<参考>
東京地裁での判決pdf←長文ですがめちゃくちゃ面白いです。

味の素社の見解

 「発明の対価は誰のものか?」はさておき、アスパルテームの特許が数百億円の利益を生み出す原動力になったことは間違いありません。せっかくなので、その内容を確かめてみましょう。

Aspartame

アスパルテームは、アスパラギン酸とフェニルアラニンのメチルエステルが結合したペプチドです。この化合物は1965年にアメリカのサール社の化学者が発見しました。そして新たな甘味料として1983年にアメリカFDAで認可され、食品に使用できるようなったのです。
しかし、アスパルテームを工業的に大量生産する方法が確立されておらず、普及させることはできませんでした。大きな課題となったのは、アスパルテームの結晶を効率よく取りだすのが難しいという点でした。青色発光ダイオードも実用化の難点は結晶化でした。結晶化が様々な産業で課題になることがわかりますね。

 

味の素社はアスパルテーム結晶の工業的な製造方法の確立に取り組みました。
通常、純度の高い結晶を造るには、粗製品を水や有機溶媒に再度溶解して撹拌しながら減圧などで溶媒を気化させて溶液の濃度を高めて結晶が生じさせます。そして、結晶を遠心分離などで取りだすという方法を使います。
この通常の方法でアスパルテームは撹拌しながら濃度を上げていくと、微細な針状の結晶を生じます。しかし、この微細な結晶を取り出そうと遠心分離をして水を分離していくとケーク状の塊となって固着し50%程度しか水を分離できなくなってしまいます。このケークを乾燥すると水分量が高すぎて乾燥負荷が高く、かつ得られる乾燥粉体は嵩高くなり取扱いが非常に困難です。
このような場合、一般的には結晶を造る際に低濃度・低冷却速度で徐々に結晶を成長させることで粒の大きな結晶を得ることができます。粒の大きな結晶であれば、水分の分離や乾燥が容易です。しかし、アスパルテームはゆっくりと結晶を成長させると、針状結晶の長軸方向ばかりが成長し、望ましい形状の結晶を得ることはできません。

発明者の成瀬氏は、結晶化の過程で通常行われる「撹拌」を行わず、静置したまま結晶化させました。すると、撹拌した場合と同様にケーク状の塊が得られるのですが、遠心分子してみると水の分離が非常に良いということが分かりました。こうして得られた結晶を観察したところ微細な針上の結晶が束を成すことで、見掛け上は大きな結晶のような構造をとることが分かりました。この束状結晶は強固で操作しやすく、工業的に扱うのに適していたのです。

この発見がもとになり国内外で複数の特許が成立しました。味の素社は製造方法の特許をアスパルテームの生みの親であるサール社にライセンスして収入を得るなど10年で約80億円の利益を得ました。また、現在でも味の素社はアスパルテームの世界シェアで40%程度を持ち、大きな事業となっています。

しばしば「潜在的なニーズを掘り起こせ」と言われます。一面では正しいと思います。しかし、忘れてはいけないのは「顕在化しているけど、技術的に実現できずに満たされていないニーズ」を技術的に解決して実現するのも重要だ、ということです。アスパルテームの製造方法は後者です。そして、莫大な利益を生み出しました。私もいち研究員として、骨太な技術開発で大きな利益を生み出すとともに世の中に役立ちたいと思う次第です。

 

【特許番号】
P1790606
【名称】
L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの晶析法
特許権者】
味の素
【要約】
本発明はAPM(L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル)の水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたつて、晶析過程のごく初期にあつては自然対流伝熱、以後は伝導伝熱支配の下に可及的速かな冷却を可能ならしめる晶析条件または晶析装置を用いて上記水溶液を冷却して大粒径のAPM束状集合晶を取得することを特徴とするもので、本発明によれば、製品の固液分離性ならびに乾燥後の粉体特性を改善でき、各工程における作業性の著しい向上を図ることができるので、本発明は、経済的にも格段に有利なAPM晶析プロセスを提供するものである。
【請求項】
L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの水性溶液よりこれを冷却晶析するにあたつて、冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定し、溶液全体を見掛け上氷菓(シヤーベツト)状の疑似固相となるように、機械的撹拌等の強制流動を与えることなく、伝導伝熱により冷却し、疑似固相を生成せしめることを特徴とするL-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの晶析法。